ふと。
踵からアキレス、ふくらはぎにかけてチリチリとした感覚が微かに続いていた。
右に赤い紋様の刺青、左に青い紋様の刺青。
しかし、色などそのうち肌に馴染んでゆく。14の時に彫られたそいつは16になった今、色は微かに残るのみ。
赤が残るか?青が残るか?
それによって、生き様が決められるなんてのはばかばかしい。
16になった時に、俺は施術を行った大嫌いな魔女の所へ行った。
魔女は、全てを見透かす。俺の真名を知っているから。全てを知っている。5歳の時に何をしたとか、俺がもう忘れている事も覚えている。
全て見透かすようなことを言う魔女が大嫌いだったが、今は我慢した。我慢している事すら、バレて魔女はせせら笑った。
貴様は全くガキの頃から変わりはしない。貴様ほど変わらぬ男は珍しい。
集落の男達を見よ、貴様のオヤジを見よ。歌は下手だが腕は確か。集落三番目の強さを持ち、美しい妻を娶って、子を沢山成したではないか。
だが、貴様はどうしたことか?
何故、あの集落の戦士から貴様のような身勝手な子が生まれた?だが、婆はその何故もわかっている。
何も言わずとも良い。婆は全てを知っている。だからそこに座れ、ひざまずき、踵を出せ。
胸糞が悪かった。ガキの頃から戦士として叩き込まれた戦いの術と、14の時から習わしに沿って覚えさせられた色彩の魔術を持ってして、この老婆をぶち殺したかった。
しかし、全て悟られている事を、俺は見透かしている。黙って跪きなどせず、老婆の目の前にある不気味な道具が沢山置かれた机の上に、両足を乗せた。
何も言わずとも良い。婆は全てを知っている。そのままでよかろう。
今宵は香など焚かずにこのまま行う。判っておるだろう?どうなるかは。
全て承知の上であろう?なあ 「―――・――・―・―――・―」
体が一瞬こわばった。プチ、と口元で音がした。痛みと血が口の中で滲んだ。
何も言わずとも良い。婆は全てを知っている。良かろう。
黒渦の墨による施術を行う。何が起きるかは、貴様のド馬鹿な頭でも知っていよう。
何も言わずに無言で頷いた。真名は消えずとも、己の身からその呪縛は解き放たれる。
老婆の力も及ばない、それは、この地において、守護を失うも同じ。何の力も無い、己の力のみでしか、生きることが出来なくなる。それでよかった。そうなりたかった。
鎮痛、麻痺、それらの効果を持つ香も無いままに、施術は行われた。
右の足、左の足、両方に刻まれた赤と青の色に重ねるように、褐色肌に微かに浮く程度の墨色が、重ねられる。
激痛だった。気絶した方が楽だと思ったけれど、気絶したらそのまま死ぬとも思う程の。
目を開いたまま、鼻水と涙で顔がぐずぐずになっているのも構わずに、唇が切れて血がだらだら零れ落ちても、痛みに耐えるためと、気絶しないためだったら構いはしなかった。
貴様の気力が尽きれば来週の今頃はただの屍だ。
老婆がそう言ったので、そうなるかもしれないと思いかけたが、そんなわけがあるか、と打ち消した。
老婆が言うから、そうなるんだ。
俺がそうならない、と言ったらそうならないんだ。
呪縛は解かれて、生き様は誰も選んでくれなくなった。赤と青の刺青は墨色が沈んで黒い色の刺青に変わった。足枷が消えて、別の足枷が出来たようにも思った。
自由という足枷だ。
貴様は自由だ。
だが、全ては貴様に返ってくる。判るな?
今は判らずとも、すぐに判ろうがなあ――
施術の終了し、俺は眠った。
誰も知らない、父親も母親も、一番仲の良い3番目の兄貴も、ケンカ相手だった一つ下の弟も。一番可愛がってくれた姉も。誰も知らない場所で、眠った。
目が覚めた。呼ばれていた名を忘れた。長い名前だったな、という事だけは覚えている。
そして、次の狩りと、戦いの準備のために用意していた荷物を片手に、家出をした。
魔女だけが、それを知っていて、他は誰も知らない。
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